1.4東京ドーム大会と聞いて、ピンとくる方は、プロレスファンだと思います。今回は、自分の趣味嗜好性の強い話題で失礼します。今年の新日本プロレスの1.4東京ドーム大会は、プロレスラー兼社長でもある棚橋弘至選手の引退試合がメインイベントとして開催され、東京ドームが超満員札止めになったそうです。棚橋弘至選手は、1999年にデビューして、以来今日まで26年間の現役生活を続けてきた選手です。個人的に私も1999年に理事長職を仰せつかって、今期で26年目でしたので、勝手に折につけ棚橋選手のキャリアに重ねて、時々試合を地上波やDVDで見ていました。棚橋選手のすごいところは、2000年前後、総合格闘技ブ-ムが起きて、従来のプロレス、特に新日本プロレスの人気低迷が深刻となっていた頃、棚橋選手はそんな状況に迎合することなく、自身のプロレス観からド派手なコスチューム、当時では過剰ともいえるリングでのアピール、「愛してま-す」と絶叫するマイクパフォーマンス等など、独自のスタイルを貫き、そのスタイルは当時「チャラい」といわれ、酷評され、それまでのファンには支持されず、ブ-イングを浴び続けました。新日本プロレスが迷走し混沌とする中、自ら「100年に一人の逸材」というキャッチコピーで、自らハ-ドルを上げ、自分をプロデュースしていきます。その過程で、棚橋選手はIWGPヘビ-級王座を8度戴冠し、プロレス大賞を4度受賞しました。気づけば、棚橋選手は新日本プロレスの顔になっていました。棚橋選手は、その独自のスタイルを貫いて、これまでにない若い世代のファンや女性ファンを獲得していき、新日本プロレスを窮地から救いました。
2000年代のはじめ、一人でもがいている棚橋選手を見て、自分が思うようにいかない現実に必死でもがいている姿と重なり、以来不思議な親近感を持つようになり、今に至っています。これまで相当なプレッシャーにも打ち勝ち、何度もチャンピオンに君臨し、現在社長業も兼ねる棚橋選手のインタビュー記事を先日目にしました。
「僕がね、高校生でプロレスファンになって、『こんなに面白いもんがあるんだ』って、人生が1000倍楽しくなったんですよ。だからプロレスをまだ知らない人に、知っていただいてね、僕と同じように『あっ、楽しくなった』っていう、そういう人が一人でも増えるように。社長としてもできることが山程あるんで、全力で頑張っていきます」
楽しさや憧れを原動力にして、自らのスタイルを貫き、ファンを獲得し、団体のみならず、業界をも救って見せたス-パ-ヒ-ロ-の姿に自分が今どれだけ周りの人に楽しさや嬉しさ、勇気や感動を与えられているだろうと自問自答する機会となりました。今後も白梅幼稚園らしさ、独自の品格ある幼児教育=白梅スタイルを大切にして、楽しさや嬉しさ、感動や勇気を与えられる、そんな幼稚園を目指していきたいと思っています。お付き合いいただきありがとうございました。棚橋弘至選手、勇気・感動をありがとうございました。そして、これまでお疲れ様でした。

こあら組完食49回目達成! 50回の偉業まで
あと1回・・・王手!

1/15 理事会・評議員会 開催
新年 役員同士 白梅幼稚園の更なる繁栄を誓う

【休日】スキ-場に向かう途中 こんなに快晴・・・
ラッキー!
2026.1.16
writer 高 橋 潤
